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村長のたうけーむぬゆむ゜(ひとりごと)広報9月号掲載

2014/12/2 18:11 更新

今年の八月踊りは天候にも恵まれ、三日間とも盛会であった。姉妹市村である岩手県宮古市からも「報恩の翼」19名の皆さんが訪れた。多良間島に流れ着いた善宝丸の船頭「善兵衛」さんの玄孫(やしゃご)に当たる兄妹お二人も初めて来島された。もし、善兵衛さんが生きて帰らなければ私たちは生まれてこなかった。報恩の碑の前で合掌する夢が叶えられた。八月踊りにも感動した。と喜んでおられた。八月踊りに島外から訪れた方は560名余であった。

さて、八月踊りでは、若衆踊り、女踊り、二才踊り、狂言、組踊りと続くが、メインは組踊りである。その組踊りで道行歌として使われるのが、「金武節」である。金武節は、二十五首あり、「執心鐘入」や「手水の縁」など少なくとも十二番の組踊りに使われている。

多良間の八月踊りでは、仲筋「忠孝婦人」で乙樽が谷茶を尋ねる道行きに使う。替え歌として「胸に物思ハ、あよも道程も、覚らすにつきやさ、本の城」意味:胸中に物を思いながら歩いているうちに、いつのまにか元の城(大川城)についた。

塩川「忠臣身替」で亀千代が若按司を尋ねる道行きでの替歌「身替に出

る、武士の義理やも、是までよとめは、ふやかれる袖に、かかるしら玉や、つつもかた」意味:身替に行くのは、武士の義理と知りながらも、別離の袖に、かかる涙はどうしようもない。

多田名組では、千代松が多田名大主を訪ねていく道行きでの替歌「おやの為やとて、やあかと我ないふたり、慈悲しらぬ敵に、くたて又いきよる」意味:親の為を思って守役と私の二人は、慈悲しらぬ敵のもとへ降っていくのである。

仲筋「仲宗根豊親見組」のあふがま くいがまの道行きは「干瀬節」の替歌である。

一般に歌われている「金武節」の本歌は次の歌詞で仲筋二番女踊りに踊られる。「こばや金武こばに 竹や安富祖竹 やねや瀬良垣に 張りや恩納」意味:くばの葉は金武村からとり、竹は安富祖竹で、骨組は瀬良垣でつくり、張りが出来上がったのは恩納である。つまり、「金武節」は金武から安富祖・瀬良垣を通り恩納に着くまでの道行きを、くば笠をつくる工程にたとえて詠んだものである。との説であり、組踊りで道行き歌として歌われているわけが理解できる。

また、金武節には伝説があるが紹介はいつかの機会としたい。

『ぼく、住民登録するよ!』

2014/9/29 10:53 更新

昨年の村制百周年記念事業で多良間村のイメージキャラクターとして誕生した『たらぴん』の住民登録が、平成26年9月30日午後1時より村役場にて行われる予定です。ようやく…ですね^^

課長会

2014/9/25 13:55 更新

2014/10/14 09:0010:00

日時:平成26年10月14日(火) 9:00~10:00

場所:庁議室

村長のたうけーむぬゆむ゜(ひとりごと)広報8月号

2014/9/9 9:31 更新

小中児童生徒は7月19日から楽しい夏休みに入っている。40日余の長い休みである。夏休みの間には普段できない体験や学習など、有意義に過ごしてほしい。親御さんばかりでなく周りの大人は皆そう願っている。

私たちが小学生のころは、だぬき木(マルバチシャノキ)の実が熟すと夏休みだ。といってだぬき木の実が黄色に熟すのが待ち遠しかった。夏休みといっても今の子ども達のように旅行ができるわけでもないが、心から待ち遠しかった。

夏休みの期間中、朝の5時頃から馬の草を刈り、ほとんどが海であった。むつーべ(はぜの仲間)とりである。潮のひきはじめから潮が満ちるまでの、5~6時間むつーべとりに熱中した。熱い太陽に照らされ、背中の皮が夏休みの間に5~7回はむけた。海のなかでは子どもながらも、いろいろな獲物と出会った。あかぶすあまん(カニの種類)を捕ったときは美味しいあまん(カニ)が食べられるとの思いから嬉しかった。にばり゜(ハタ)はモリで突いたがすてぃ釣ぃ(つりの仕掛け)で捕るのも楽しみだった。食べ物はもっていないのでお腹が空くと、んきふ(海ぶどう)しゃこ貝を捕って食べた。むみんやま(ミノカサゴ)に兄が刺された時があった。毒でもがき苦しむ様には、自分も同じ苦しい思いであった。ときには子サメとも格闘し、大切なモリを折られた。てぃふうなぎ(うなぎの種類)は砂地に生息していて時々捕れた。うなぎの中では美味しかった。むつーべを捕った量はうぶ縄の長さで測り勝負した。仲間同士誰が多く捕ったかの競争だった。むつーべは時には1斤10セントで売れた。そのお金でアイスケーキが食べられるのが嬉しかった。

八月に入りゆがふー雨が降ると、今も昔もきび植え真っ盛りだ。当時はトラクター、耕耘機、ブルトラなど現代の利器はない。耕耘作業は馬の力が頼りだった。スキで掘り起こし整地を行い、うね上げもスキで行った。うね上げをしたら必ず堆肥を入れた。堆肥が足りない場合はぎんねむを刈り取り投入した。堆肥を担ぎうねに入れるのも、ぎんねむを刈り取り投入するのも子どもの仕事だった。大変な重労働だった。しかし、どこの家庭でも普通にこなしていた。それから覆土し、きび苗を配り一本一本ヘラで植えた。さとうきびの植え付け方にしても、今は様変わりした。機械による植え付けが大半だ。

夏休み期間中には、生活習慣が乱れやすいと聞く。家庭での手伝い、農業や牛の世話など家業を手伝うのも、こうした生活習慣の乱れを防ぐ一助になると思う。それだけでなく、家庭での手伝いや仕事を体験し習慣化することは、子ども達の将来に必ず役立つことになる。長い夏休み、子ども達にとって様々な体験や学習を通し、有意義で思い出になるような過ごし方を願うばかりである。

村長のたうけーむぬゆむ゜(ひとりごと)広報7月号

2014/9/9 9:30 更新

「きらりと輝く ゆかり゚村を目指して」を信条に、昨年7月8日初登庁して早いもので一年が経過しました。この一年間村民の皆様からの温かい励ましの言葉をいただきながら村政運営に当たってまいりました。限られた財源と限られた職員のなかでさまざまな課題と向き合い、村長としての責任の重さを痛感しながら、一年の節目を迎えるにあたり、改めて身の引き締まる思いであります。

一年を振り返ってみますと、まず思い出されるのは「村制施行百周年記念関連事業」であります。記念式典、記念碑建立、イメージキャルクターとモニュメントのデザイン決定、石垣での感謝の碑建立等であります。記念式典には山本宮古市長をはじめとする多くの来賓の皆様、各郷友の皆様がご来島され華を添えていただきました。石垣での感謝の碑建立は在八重山郷友の皆様から10年来の願いが叶ったと喜ばれ、石垣市との絆を深めることができました。

また、多良間~石垣航空路線の再開については、当初は採算面で厳しいとの試算で難色を示していた県が、再三の要請により路線再開が確実となるところまでこぎつけました。路線再開後の搭乗率向上に向けた取り組みが今後の課題であります。新製糖工場・集中脱葉機械の新設についても、条件をクリアするのに厳しい状況から、県の理解を得るところまでこぎつけ、27年度の予算化に向けて取り組んでおります。さとうきびエコファーマー認定については、県の多大なるご指導と関係機関の協力、生産農家のご理解により、全農家エコフアーマー認定という全国でも初の快挙となりました。

村長就任二年目をスタートした今、「村民が何を考え、何を望んでいるのか、何を求めているのか」を常に考え、職員一人ひとりが改革者であることをしっかりと自覚・実践し村役場が変わっていく姿が村民に実感できる一年にしたいと念じております。そして、一年前の感動を忘れずさらに気を引き締め、村民の皆様と手を携えながら「大好きなこの多良間村の発展」のために全力投球していくことをお約束いたします。これからも、皆様方のご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

平成26年八月踊り写真特集

2014/9/4 13:52 更新

平成26年9月1日(月)~3日(水)までの3日間、仲筋、塩川、両字で行われた八月踊りの写真を掲載致します。