5.踊りの場所と施設

2009/3/22 15:44 更新

 八月踊りの場所は、仲筋は「土原御願所」、塩川は「ピス(小さいス)トゥマタウガム゚」である。両御願所共八月御願を行う聖域として、ふだんから清められている。「土原御願所」の境内は、樹齢250年余のアカギのほかに、デイゴ、フクギ、ガジュマルなどの古本が枝を交えて繁茂し、全面木陰となって涼風を呼んでいる。

 「ピス(小さいス)トゥマタ御願所」は、樹齢200余年のフクギのほかに、デイゴ、ガジュマルなどの樹木が繁茂しているが「土原御願所」ほどではない。いずれも露天踊り場として最適な場所である。

 舞台は、どの踊り場でも広場の中央に設置されている。大正初期までは地面を区画して筵を敷いてそこで演じていたようであるが、その後、石を並べて区画し、土を盛り上げて舞台にしていたが、戦後、縁をコンクリートに改造した。縦約6メートル、横約4・5メートル、高さ約24センチメートルの永久構造物であったが、平成3年、縦約6・5メートル、横約5メートル、高さ約25センチメートルの舞台ができ、その上を覆って縦横約9メートルの屋根ができ、雨天の場合でも上演可能な立派な舞台ができ、平成4年度の踊りから使用されている。

 「地謡座」は、どの踊り場でも舞台の後方に接しており、地面に演じていた頃は「地謡座」も地面にあったようであるが、その後、材木を持ち寄って組み合わせて高台を拵らえて使っていたが、戦後、コンクリートで恒久的に建造し、平成3年に増設され、放送部を含め広々とした地謡座となっている。

 「客席」は、地面に演じていた頃は正面と左右に地面に筵を敷いて座って観覧していたようであるが、石縁の舞台が造られた時点で「客席」も盛り上げた石縁の小規模のものができ、舞台がコンクリートの縁に変わったときに「客席」もこれまでの規模をやや広めてコンクリートのものになり、平成3年、舞台を改造した際「客席」も一層広くなっている。

 「舞台の装飾」は、舞台と地謡座の境に幕が張られ、その中央上部に仲筋では「偕楽」、塩川では「歓楽之」の額がかかげられ、その左右には組踊り及び福禄寿(塩川では天孫子)の高札、風車、三角旗などが飾られる。正面の額の「偕楽」(仲筋)は、ともに楽しむの意味であり、「歓楽之」(塩川)は、喜んでこれを楽しむの意味である、いずれも、八月踊りの意義と村民の心情をいかにも象徴している。

渡久山著